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2006年04月30日

教育者の品格

最近、研究成果報告書(研究費をもらったら必ず提出しなければらない)を立て続けにいくつも書いていたら、報告書以外の文章を書きたくなった。
まったく、こんな書類ばかり書いていたら、さぞつまらない人間になってしまうだろう。
それで、久しぶりにブログを書いてみることにした(4月のエントリーがあれ一つだけなのはあんまりだし)。


今さらだけど、「国家の品格」(藤原正彦著 新潮新書 2005)という本を読んだ。
ついでに、「ウェブ進化論」(梅田望夫著 ちくま新書 2006)も読んだ。
後者に関しては、突っ込みどころがいくつもあるのだけど、それはまた別の機会にしようと思う。

「国家の品格」を読んで、大学生の頃のことをちょっと思い出した。
僕は父親からよく「お前には教養が足りないから、古典をたくさん読め」と言われていた。
「古典ってどんな?」って聞くと、「とりあえず平家物語。夏目漱石や森鴎外もいいな。お前が上等な人間なら、カントやパスカルも読んでみろ」と言われた。
まあ、僕の父は、理科系の人間はたいてい教養が乏しいと思っているし、実際そうなのだと思うけれど、なぜ古典なのか、ということは長い間わからなかった。

最近思うことは、文化的な水準は年々世界的に低下しているのではないか、ということである。
今、古典と言われているものは、長い時間の風雪に耐えて生き残ってきたものである。
それだけのクオリティのものは、もう金輪際生み出されることはないのではないだろうか。

それに先の本にはこんなことが書いてあった。

名作は学生時代に読まないと一生読めないと考えた方がよい。

え、そうなんですか。

ところで、僕の父親は「いわゆる市民革命の最もいけないところは残すべき伝統の大部分を破壊してしまうことだ」とよく言っていた。
僕は市民革命(フランス革命やアメリカ独立運動など)は歴史の必然だったと思っているし、それによって民主主義が生まれたのだと思っている。
そして、民主主義はよいものだと盲目的に信じていた。
でも民主主義は決してベストな思想ではないし、主権在民がベストな政治原則ではない。
まあ、日本は本当に民主主義国家なのだろうか、と思うこともしばしばあるけれど。
それに、社会主義はもっとダメだということがソビエト連邦によって証明されたと思うけれど。

先の本には次のようなことが書いてあった。

もちろん国民が時代とともに成熟していくなら問題はありません。
(中略)
しかし、冷徹なる事実を言ってしまうと、「国民は永遠に成熟しない」のです。
このような事実をきちんと伝えないといけません。
過去はもちろん、現在においても未来においても、国民は常に、世界中で未熟である。
したがって、「成熟した判断が出来る国民」という民主主義の暗黙の前提は、永遠に成り立たない。
民主主義にはどうしても大きな修正を加える必要があります。

いつ頃からか忘れたけれど、僕はずっとアメリカという国を嫌ってきた。
弱いものいじめばかりをしている品格の低い国だからだ。
木造の家屋を大量に焼き払い、数多くの民間人を殺戮するために日本に原爆を投下した国である。
ちなみに、アメリカの一般市民は、「軍事基地を破壊しただけで、民間人は巻き込まれただけだ」という当時の説明を本気で信じているように思われる(実際に複数のアメリカ人からそういう話を聞いた。当然、僕は訂正しておいた)。

それに、僕は英語が嫌いだし、英語が話せれば国際人だと思っている連中が大嫌いだ。
こんなジョークがある。
「2ヶ国語を話せる人をバイリンガル、3ヶ国語を話せる人をトリリンガルと言うけど、1ヶ国語しか話せない人を何て言うか知ってる?」
「知ってるよ。モノリンガルだろ」
「違うよ。そういう人をアメリカンって言うんだ」

日本に住んでいるならちょっとは日本語を勉強しろよ、この馬鹿アメリカ人。

しかし、コンピュータサイエンスの分野で研究するにはアメリカに行くのが一番だと思っていた。
だから、日本IBMの研究所(日本人がアメリカのIBMに新卒で入社することはほとんどない)に入ったし、アメリカの研究所にも何度か行った。
ソニーCSLに移ってからは、1年間アメリカの大学に滞在させてもらった。
楽しいこともあったけれど、どうしてもアメリカという国を好きにはなれなかった。

ただ、悔しいけれど、アメリカには科学技術の発展とそれに基づく経済の発展に関するしっかりした国家的な戦略が見える。
当然、NASAの宇宙開発事業だって道楽でやってるんじゃない。
ちゃんと、アメリカがナンバーワンになるためのシナリオに組み込まれている。
日本はアメリカを真似しようとしているだけで、日本ならではの戦略などとても見えない。
科学技術分野でアメリカにキャッチアップするのは重要なことだと思うけれど、だからと言って国家や国民がアメリカナイズしてしまったら、とても大切なものを失ってしまうだろう。

先の本に以下のような話が載っていた。

十年ほど前に、スタンフォード大学の教授が私の家に遊びに来ました。
秋だったのですが、夕方ご飯を食べていると、網戸の向こうから虫の音が聞こえてきました。
その時この教授は、「あのノイズは何だ」と言いました。
スタンフォードの教授にとっては虫の音はノイズ、つまり雑音であったのです。
その言葉を聞いた時、私は信州の田舎に住んでいたおばあちゃんが、秋になって虫の音が聞こえ、枯葉が舞い散り始めると、「ああ、もう秋だねえ」と言って、目に涙を浮かべていたのを思い出しました。
「なんでこんな奴らに戦争で負けたんだろう」と思ったのをよく覚えています。

いい話ですね。
僕は、アメリカに住んで、彼らの食べているものを見て、「こいつらには絶対に負けない」と思ったものである。


僕は、戦後日本の初等中等教育(さらに、いわゆる「ゆとり教育」)のおかげで、日本の品格はアメリカの合理主義に毒されて、目も当てられないほど低くなってしまったと思う。
もちろん、すべてアメリカのせいだなどと言うつもりはない。
しかし、当時のアメリカ政府の悪意によって戦後日本の人々の精神はかなり大きなダメージを受けたと思っている(その典型的な例が、悪名高い極東国際軍事裁判である。いいかげんにあの裁判の判決を無効にしてくれ)。

最近、僕の講義を受けている学生から、「教えている内容に何か意味があるのか」という質問を受けた。
僕はこれに論理的に答えようと思ったがやめた。
先の本でも紹介されている会津藩の教えをふと思い出したからだ。
その部分を引用しよう。

江戸時代、会津藩に日新館という藩校がありました。
白虎隊も教えを受けていた藩校なのですが、ここに入る前の子弟に対して「什の掟(じゅうのおきて)」というのがありました。
そこにはこう書いてあります。

一つ、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二つ、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
三つ、虚言を言うことはなりませぬ
四つ、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
五つ、弱いものをいじめてはなりませぬ
六つ、戸外で物を食べてはなりませぬ
七つ、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

(中略)
そして、これら七か条の後は、こんな文句で結ばれます。

ならぬことはならぬものです

僕も今は博物館になっている日新館を見学に行ったことがあるので、この七か条はよく覚えている。
この本の著者と同じく、僕もこの七つ目はちょっと当時としてもどうかな、と思う。

著者は「重要なことは押しつけよ」と主張している。
論理的に説明する必要なんてない、本当に重要なことは親や教師が価値観を一方的に押しつけるべきだ、と言っているのである。
教師が学生に講義において教えている内容に意味がないはずがない。
にも関わらず、「それは意味があるのか」などと質問してくる連中に理屈で応じる必要などないのだ。


ところで、日本のことを未だに経済大国だなどと言って、経済的な発展こそ国家が目指すべきことだと思っている人は結構いるのではないだろうか。
資本主義経済だってかなりひどいものじゃないか。
共産主義がそれよりまずいことはわかるけれど、市場原理主義が正しいと思っている人間は、本当に所得格差がどんどん拡大していくことを是としているのだろうか。
市場原理主義を捨てろとは言わないけれど、株式投資なんてくだらないこと(投資信託なんて特にひどい)を一般市民にもっともらしく勧めるのをやめろ、と言いたい。
小中学校で「経済にもっと関心を持つべきだ」なんて戯言(ざれごと)を言わないで欲しい。
大学生だって、生活費を稼ぐためにアルバイトをするのはいいけれど、「勝ち組」「負け組」なんていう、マスメディアが作り出した格差の構図を抗いがたいものと感じて、金儲けを人生の目標とし、「勝ち組を目指せ」なんていう考え方をするのは何とかしてやめさせたいと思っている。

お金なんかではない自分の夢の実現のために会社を興す、とかいうのなら、応援しようという気持ちも湧いてくるけれど、お金を儲けることが手段でなく目的になってしまうのは何とも情けないことだと思う。

最近、僕のいる研究室に、研究を金儲けの手段と考えるような学生が現れ始めてきた。
つまり、「この研究は儲かるのか」とか「ソースコードを無償公開すると開発者に利益がなくなる」とか考えるような学生である。
学生が研究で金儲けを志向するのが悪いということに合理的な理由などない。
品格が下がる、それが理由である。

お前は「役に立つ研究をやる」といつも言っているではないかと突っ込みたい人もいるかも知れない。
しかし、それは研究成果によって直接的に利益を出すことを志向しているのとは違う。
工学とはそもそも「技術を社会の役に立てること」を目的の一つとした学問なのである。
そして、僕は自分は科学者というより工学者であると思っている。

また、僕は大学において、経済的観点で研究の良し悪しを考えたことはない。
もちろん、まともな研究をやるには研究費が必要だから、それを獲得するための仕事もたくさんやっている。
でも、個人的な収入を期待したことはない。
ベンチャー企業を作ろうとも思わないし、アフィリエイトなどで小遣い銭を稼ごうなどというせこい考えもない。

そもそも、自分の収入を優先させるなら、民間企業から国立大学に移る人なんてほとんどいないだろう。
定年が近いとか、リストラされかけているとか、特別な理由があるなら別であるが。

僕は大学に移るとき、「在職及び職務内容等証明書」というのを大学の事務に提出させられた。
それには人事部長の署名入りで退職時の月給を記入させられるのである。
こういうものを提出させるということは、現在の給与額を多少は考慮してくれるのではないかとちょっとだけ期待したものである。
しかし、僕が着任前に再三メールで、給与がいくらになるのか大学に問い合わせても、「決まり次第連絡する」という答えが来るばかりだった。
そして、大学の事務からは、最後まで給与についての返答がなかったのである。
それで、着任時に初めて自分の給与額を知ったときはショックを受けた。
予測をはるかに上回る低さ(この言い方はちょっと変だが気持ちはわかってもらえると思う)だったからである。
僕はこれまで3回転職しているが、そのうちの最後の1回を除き、収入も待遇もそれなりに良くなっていた。
だから、転職して収入が下がったのは初めての経験だった。

こんなことを書いていると、お金に未練があるのかと思われるかも知れないが、僕はただ生活水準をどの程度まで下げなければならないのかを考える手がかりが早めに欲しかったのである。
僕は、自分の収入を今後もそれなりに上げていくにはもう会社に魂を売るしかないのではないかと本気で考えていた。
そして、それによって自分の品格は徐々に下がっていくだろうと思っていた(「品格」という言葉を具体的に思い描いていたわけではないが、今考えるとそういうものだったのだろう)。
会社の論理に自分を完全に適合させるには無理があったし、研究職から離れて管理職に就くのも耐えられないと思った。
そして、何より、僕は自分の品格をこれ以上下げたくないと思ったのである。

僕が大学に移ったのは、いわゆるソフトランディングを目指したためである。
38歳のときに、これ以上今の仕事で収入を上げるのは困難だろうから、今後は急激に収入が下がるリスクを押さえ、家族が生活するのに必要な額の収入をできるだけ長く維持できるようにして、少しずつ生活水準を下げていき、それなりに生活ができるようにしていこう、と考えたのである。
そして、生活水準を大きく変化させないことで、自分の品格をある程度のところで維持していこうと考えた。
そもそも生活に困っている状態では、家族以外の人や社会のことを本気で心配したり、国家のために尽くそうなどと考えたりできないと思ったのである。
また、自分自身の成功を目指すよりも、教育によって社会に貢献していけるようになろうと思った。
教育者というのは自己の利益を優先していたら絶対に務まらない職業だと思っているからである。

このように考えるようになった背景には、自分が現在の日本の国民でいることの意味を考えるようになったことがある。
僕はもしかするとこの国の最も平和で幸福な時代に生きて死んでいくのかも知れないと思っている。

僕の父親も母親も戦争を経験している。
太平洋戦争当時、僕の祖父は東京の日本橋浜町で結構大きな病院を営んでおり、その敷地内に自宅があった。
僕の父親は、少年時代にそこに住んでいたが、1945年3月10日のいわゆる東京大空襲で全焼してしまった。
そのとき、祖父は父に「ここが焼けると近所に火が広がるから、屋根に上って火を消して来い」というとんでもない指令を与え、父はそれを実行しようとしたらしい。
しかし結果的に避難するしかなくなり、家族で落ち合う場所を決め、父は無我夢中で逃げたそうである。
逃げる途中で父が目にした光景は、まさに地獄と呼べるものだったらしい。

僕は実体験としての戦争を知らない(「戦争を知らない子供たち」という歌がありましたね)。
そして、今後おそらく50年ほどは、日本の一般市民が日本と他の国との戦争によって直接的な被害を受けることはないと思っている(思っているだけかも知れないが)。
だから、僕は100年程度のこの国の近代で最も平和で豊かな時代に生きることができるのだと思っている。
そして、それは僕らの先人たちのとてつもない努力と犠牲の上に成り立っているのだと思っている。

僕の好きなSF小説「銀河英雄伝説(通称、銀英伝)」(田中芳樹著 徳間書店 1982)の中の台詞に次のようなものがある。

「恒久平和なんて人類の歴史上なかった。
だから私はそんなもの望みはしない。
だが何十年かの平和で豊かな時代は存在できた。
吾々が次の世代に何か遺産を託さなくてはならないとするなら、やはり平和が一番だ。
そして前の世代から手渡された平和を維持するのは、次の世代の責任だ。
それぞれの世代が、後の世代への責任を忘れないでいれば、結果として長期間の平和が保てるだろう。
忘れれば先人の遺産は食いつぶされ、人類は一から再出発ということになる。
(中略)
要するに私の希望は、たかだかこの先何十年かの平和なんだ。
だがそれでも、その十分の一の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う。
私の家に十四歳の男の子がいるが、その子が戦場に引き出されるのを見たくない。
そういうことだ。」

僕は、日本の礎を築いた先人たちに感謝し、日本の品格を貶めたアメリカや日本の売国奴たちを憎んでいる。
そして国家に対して僕なりのやり方で恩返しをしたいと思っている。
それはできるだけ多くの学生がまともな社会人になれるように教育することである。

ここで、「国家の品格」の最後のパラグラフを引用しよう。

日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。
ここ四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。
世界は途方に暮れています。
時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです。

今や日本人だってそんなに上等じゃないよ、と僕は思っているが、この本の著者は本気でこう思っているのだろう。
僕は、世界を救うなんてことは考えていないけれど、残りの人生の大半の時間を自分の家族と国家のために使いたいと思っている。


そして、僕は父にいつかこう言いたい(今は恥ずかしくて言えない)。
お父さん、僕はあなたの忠告を聞かずに、古典をちゃんと読みませんでした。
ごめんなさい。
僕は、平家物語より銀英伝で「戦うこと」の意味を考え、漱石や鴎外より司馬遼太郎の小説で「人の儚さと強さ」を感じ、カントやパスカルより渡部昇一(渡辺淳一ではありません)の本を読んで「人はどう生きるべきか」を考えています。
僕の教養は所詮その程度のものです。
品格もお父さんには遠く及びません。
ですが、お父さんたちが経験した地獄を見ることなく死んでいくであろう自分の幸せに心の底から感謝して、この国の未来のために自分のできることを精一杯やっていきたいと思っています。

投稿者 nagao : 21:01 | コメント (317) | トラックバック

2006年04月01日

このブログを読んでいる方へ

はじめまして。長尾氏の代理のものです。
実は、長尾氏は以前からひいていた風邪をこじらせ、気管支と肺に炎症を起こし、また職場のことでかなり精神的に苦しんでおり、強いストレスがあり、現在、自宅付近の病院に入院しています。
彼は口癖のように「ブログを書かなきゃ」と言っていました。
2ヶ月間もこのブログを書かなかったことを非常に残念に思っている様子でした。
「書くネタはあるんだ。ただ、途中から人の悪口になってしまい、載せられなくなるだけ」とか言っていました。
先ほど彼の見舞いに行きましたところ、しきりに「今日は何月何日だ」と聞いていました。
少々記憶が混乱しているようです。
今後いつ再開できるかもわからない状態ですが、温かい目で見守っていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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