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2007年03月24日

次の3年間に向けて

2002年4月に大学で研究室を設立して、ちょうど5年がたった。
5年間の確かな成果と言えるのは、博士号取得者をようやく一人出すことができたことぐらいだろうか。
研究に関しては、結局、満足のいく成果を出すことができなかった。

もちろん、学生が学位を取るためには研究成果を出して論文を書かなければならないのであるが、僕にとっては、学生たちがどんなに論文を書いても、実装されたものがちゃんと研究室で引き継げる形で共有可能になっていないものは、研究室の成果として認めることができない。

僕のいる研究室では、主に次の4つの研究を行ってきた。

1.コンテンツへのアノテーションの枠組みに関する主に基礎的な研究
2.特にビデオを対象としたアノテーションとその応用の研究
3.特に対面式の会議を対象とした実世界コンテンツの制作と利用の研究
4.個人用の知的な乗り物とその応用、またそれを取り巻くインフラに関する研究

1は、僕が大学の教員になる前から携わっていた研究である。
そもそも、僕が大学に移ったのは、これに関する研究をじっくりやってみたいと思ったからである。
博士課程の学生が中心になって作ったAnnphonyという名前のシステムはこの研究の一つの具体的な成果となるものと思っていた。
僕も学生と一緒にAnnphonyを設計している段階でかなりいろいろなことを考えることができ、また世界的な研究動向もだいたい把握することができた。
でも、残念ながらこのシステムは未完成であり、ちゃんと完成する目処も今のところたっていない。

2は、1の派生物の一つである。
たまたま学生がやる気を出してくれたおかげで、また、もともとそれほど複雑なものではなかったため、具体的なものができたのは比較的早かった。
しかし、その後がうまくいかなかった。
その学生は自分の作ったものに自信を持ったのか、僕の意図とは異なるものを作り始めてしまった。
それ自体は別に悪いことではないが、本来やるべきこと(つまり研究)がおろそかになってしまった。
やるべきことは、具体的なものができたら早めに公開して実証実験を開始して、それを通じて知見を深めることだったのである。
これは、これまでの自分自身の反省も踏まえて、そうすべきだと思っている。
基礎研究ならともかく応用研究はユーザーの存在を無視して行うのは危険である。

3は、研究室設立とほぼ同時に開始した研究である。
これは、僕自身が必要としたものであった。
それは、ミーティングで同じことを2度も3度も言うのがものすごく嫌だからである。
それに、研究室のゼミは全員の時間を共有しなければならないから、できるだけ無駄にしたくない。
そのための一つのやり方が、ミーティングの詳細な記録を取って、単なる記憶の補助以上のことに使えるようにすることである。
会議記録を取るやり方に関してはかなりノウハウが得られたが、その利用に関しては、まだまだ、できてあたりまえの程度のことしか実現されていない(これについては前々回のエントリー「議論というコンテンツ」を参照してください)。
かなりの研究資財(といってもたかが知れているが)とマンパワーを投入したにも関わらずである。

4は、大学に来て突然やってみたくなった研究である。
これはソフトウェアだけでは実現できないから、当然、ハードウェアを含むさまざまなものを新たに開発する必要が出てくる。
以前にも(会話型)ロボットを作ってみたことがあったが、結局デモ以上のことができず、ほとんど何の役にも立てられなかったことが不満だった。
今度は、もう少しまじめにハード(メカニズムやデバイス)とソフト(主に制御インタフェースとコミュニケーション機能)を作ってみようと思ったのである。
目先の応用にとらわれないで、未来を見据えてものづくりができるのが大学の利点の一つであろう。
だから、人間と一体化して実世界と情報世界を有機的に統合する新しいマシンを創造してみることにした。
その一つの具体例が、個人用の知的な(さらにネットワーク化された)乗り物である(当然、ジンジャーというかセグウェイには大いに触発された)。
これは結構面白くて、8台の実機を試行錯誤しながら設計・開発した。
しかし、なぜか学生たちはメカにはほとんど興味を示さなかった(単にめんどくさいことが嫌なだけかも知れないが)。
それで、僕は一人でメカの設計と機能を考え、デバイス(主にPhidgetsと呼ばれる開発キットを用いている)とソフトウェアに関して学生たちの力を借りた。
もちろん、学生たちに卒論や修論を書かせることはできたけれど、それらの内容は僕が期待したもののほんの一部であった。

まあ、贅沢を言えばきりがないのであるが、それでも、5年という長い時間をもっとうまく使えなかったのかと、忸怩たる思いである。


「ほんとうに優れた先生とは、自ら直接何か手を下さなくても、生徒たちがやる気になり、よくなっていく。そういうシステムや空気をつくることのできる人だ。」(齋藤孝著「教育力」岩波新書 2007 184ページより)

この言葉は、今の僕にはとても重い。
今の僕は明らかにこの言葉の言う「優れた教師」ではない。
しかし、教育に対する責任は強く感じているし、自分の夢を学生に押し付けたりはしない。
ただ、研究に対する情熱を学生たちと分かち合いたいし、それを研究室の(つまりメンバー全員の)成果に結び付けたいと思っている。


さて、これまでの反省も踏まえながら、それぞれの研究に関して、次の3年間の目標を考えてみようと思う。
これは僕自身の決意の表れでもある。

1に関しては、Annphonyの拡張版を完成させ、任意のCMSの共通のミドルウェアとして公開する。
そして、任意のコンテンツの任意の部分を外部からリファーできる(ただし、コンテンツ制作者が制限を加えることができる)ようになり、それによってコンテンツの部分引用とそれに基づくコンテンツ派生があたりまえにできるようにする。

2に関しては、「ニコニコ動画」のような自由すぎてとりとめのなくなったサイトが飽きられるようになり、もっとまじめな作法にのっとった、もっと役に立つ動画アノテーションが定着するとよいと思う。
そのためにやるべきことは、特に前提知識がなくても、いつのまにか僕らの作法に従ってしまうような、うまいインタフェースを開発することである。
それを作ると同時に、1の枠組みを利用して、動画コンテンツの新たなエクスペリエンスを提供する。

3に関しては、僕らが発明した会議の記録と再利用の仕組みを発展させて、それなしでは時間がもったいなくて(特にクリエイティブな)会議などやる気にならない、というものを作る。
当然、僕らの考えたデバイスももっと洗練された(レーザーポインタやICレコーダのように)会議における必須のアイテムになるようにする。
やはり、できるビジネスマンはアイディアや発想を大事にするだろうし、グループのコミュニケーションからそれらが生まれることをよく知っているだろう。
だから、会議の記録と再利用の仕組みは、頭のよい人がもっと頭がよくなるための有効なツールになるはずである。

4に関しては、あと3年でどこまでできるかよくわからない。
しかし、やってみたいことはいろいろある。
まず、自分たちだけで作るのはもう限界に近いので、企業と組んで、新しい乗り物のプロトタイプを作る。
これはどうやら実現できそうだ。
次に、ぶつからないで進める仕組みを作る。
もちろん、これまでに考えた、協調動作や自動追尾などの機能もブラッシュアップする。
さらには、空中に浮くための仕組みを作る。
これは屋外で、走行が困難な場所でもちゃんと動けるようにするためである。
タケコプターみたいに自由に空を飛べるパーソナルマシンができればもっと面白いが、さすがにエネルギー革命でも起こらないと実現できないだろう。


とにかく、これからはできるだけ時間を無駄にしないで、目標に向ってしっかり努力していこうと思う。
僕は、自分が教育者としてどれほどの人間なのか次の3年間ではっきりさせたいと思っている。

投稿者 nagao : 14:38 | コメント (200) | トラックバック

2007年03月03日

集合知 VS 集合愚

最近、月刊アスキーという雑誌の取材を受けた。
実際は取材というより、僕がアスキーの本社に行って、雑談とデモをしてきただけなのであるが。

月刊アスキーという雑誌は、ついこの間、かなり大規模な路線変更を行って、僕を含む多くの読者を驚かせている。
僕も最初、新装丁となったこの雑誌を見て、思わず目を疑ってしまった。
なんだか、日経トレンディとかDIMEみたいな、大衆に迎合しまくりなハイテク情報誌に成り下がってしまったという印象を受けた(ワイアード日本語版とかbitとか、好きな雑誌がなくなってしまって、数少ない楽しみな雑誌の一つだったのに)。
あまりにひどい変わりようなので、大学での定期購読を中止してしまった。

でも、知り合いの清水さんに頼まれたこともあって取材を受けることにした。
この清水さんというのは、ドワンゴという会社の元社員で、現在は独立してユビキタスエンターテインメントという会社の社長である。
僕が未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトマネージャをしていたときに、応募してきて以来の付き合いである。

彼は「ニコニコ動画」の企画立案とプロトタイプ開発に関わっている。
ニコニコ動画をご存知の人は多いと思うけれど、要するにオンラインの動画の任意のシーンに自由に落書きができるサイトである。

これは、僕たちの提供している動画共有・ビデオブログサービスSynvieにインスパイアされて作られたそうである。
僕が彼にSynvieを見せて、この仕組みの将来性を語ったことがきっかけだった。

清水さんはこう言っていた。
「長尾先生はSynvieで集合知を目指しているのでしょう。「ニコニコ動画」は違います。あれは、いわば集合「愚」です。別に何の役にも立ちません。エンターテインメントとしてはそれでもいいんです。」

それに対して、僕はこう言った。
「だったら、僕らの研究成果を参考にした、なんてことを謝辞に書くのをやめて欲しい。僕らの思想を曲解して集合愚なんかの手段に利用されてしまうなんて冗談じゃない。」

偉そうなことを言っているように聞こえるかもしれないけれど、僕たちのねらいは初めから、不特定多数の人から知恵や知識をかき集めて、そのエッセンスを何らかの形式知として利用可能にすることだったのである。
Synvieの基になった研究では、視聴者が、動画に対して意味的な情報を付け加えるためのさまざまな仕組みが導入されていた。
だから、僕はその研究を発展させて、Web上で実験できればよいと思っていた。
しかし、僕のところの学生が未踏ソフトウェア創造事業に応募して開発したものは、僕の期待したものとはかなり異なっていた。

結局、Synvieにおいて、僕が提案して実装されたものは次のものである。
1.視聴のみの場合は必要ないが、動画に何らかの情報を付与する場合は必ずログイン(ユーザー認証)すること。
2.動画のフレーム画像内の任意の領域に注釈が付けられること。
3.動画の任意の時間区間(シーン)を引用したブログが書けること。

Synvieの実証実験にあたって、これらの仕組みを省略して公開すると言っていたので、断固反対した。
それでは公開する意味がないと思ったからだ(「ニコニコ動画」がこれらの機能を持っていないにも関わらず、非常に多くのユーザーを獲得している状況は、僕にとっては皮肉としか言いようがない)。

逆に、提案したけれど、結局実装されなかったものは次のものである。
1.動画に付与する情報の意味的タイプや属性を追加する機能。
2.動画の任意の箇所に質問を付与して、それに任意のユーザーが回答できる機能。
3.動画の(Synvie上で指定した)引用部分を編集するためのブログ(主にMT)用プラグイン。

僕が代わりに実装してもよかったのだけど、開発言語がJavaではなくPHPであったため(僕はJavaで実装して欲しいとお願いしたのだけど受け入れられなかった)、なかなかやる気が起こらなかったのである。

実は、これらは、動画を中心にして集合知を形成するという目的のために、僕が考えたものである。
ここでいう集合知とは、コンテンツの意味を機械的に扱うための、体系化された知識の総体である。

Wikipediaは、事象や人物に関する知識を集めたものであり、正確さに関する議論は常にあるけれど、多くの人にとっての有益なリファレンスとなっている。
これと同様なことを動画コンテンツに関して行おうと思ったのである。
コンテンツおよびその要素を対象とすることによって、投稿される情報の指示対象をより明確にして、また入力の段階で情報の種類がある程度限定されるようにして曖昧さを少なくし、機械的な処理をやりやすくしようと考えた。


動画は、それ自身の解析をいくらがんばっても、その意味が明確にならない。
それは、動画の撮影時においても、デジタル化する過程においても(今のところ)意味的な要素が入る余地がないからである。
もちろん、限定的な状況ならばパターン認識技術が使える場合もある。
たとえば、監視カメラの映像内に顔画像の領域を見つけるような場合である。
しかし、パターン認識技術によって選択された顔画像の候補が本当に顔を表しているかどうかは機械にはわからない。

だから、人間が見て何らかの解釈を加えていかないと動画の意味内容は機械には扱えない。

現在のところ、動画を中心に集合知を形成する僕たちの試みは、とても成功しているとは言えない。
僕はまたしても将来の方向性を見誤ってしまったのだろうか。

集合愚に過ぎないニコニコ動画がいつか集合知に転化することがあるのだろうか、それともその前に僕たちの試みが実を結ぶ日が来るのだろうか。

動画を使ったユーザーエクスペリエンスの仕組みは、これからもさまざまなものが生み出されていくと思われるけれど、動画の意味をちゃんと扱うことができなければ、本当に高度なサービスは実現できないだろうと思う。

だから、現時点で人気があろうとなかろうと、僕たちは僕たちの研究を続けていかなければならない。
実装力が決定的に不足しているのは、大学という場である限りやむを得ないことなのかも知れないけれど、何とかして自分たちの理想に近づけていきたいと思っている。

投稿者 nagao : 14:38 | コメント (1547) | トラックバック