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2009年03月22日

会議革命、その後(前編)

僕のいる研究室でのミーティングではこれまでにさまざまな試みを行ってきているけれど、残念ながら議論の質を向上させるような革新的なものにはまだなっていない。
僕たちの努力の大部分は、会議内容を詳細に記録して、議論の検索や閲覧がやりやすくなるように、会議中にできるだけ多くのメタデータを付けて構造化し、コンテンツとして共有できるようにすることに費やされてきた。
しかし、たとえ、議論を(半自動的に)構造化コンテンツにするという試みがうまくいっていても、それだけで、よい議論ができるというものではない。
会議をコンテンツ化しても、それを役立たせる努力がなければあまり意味がない。

僕たちがこれまでに作ってきた仕組みは、会議後に繰り返しコンテンツを利用することでじわじわと効き目が出てくるもので、会議の運営そのものに直接的に効力を発揮するものではなかったのである。

実は、以前から気になっていたのだけど、ファシリテーション(facilitation)というビジネス用語がある。
これは会議を含むタスク指向のコミュニケーションを円滑に進め、問題解決や合意形成を促進するための技術や方法論のことである。
要するに、話し合いをうまく仕切り、議論を誘導し、参加者の意欲を向上させる調整役がやるべきことや必要なスキルをまとめたものである。

さらに、議論の流れや会議の雰囲気を可視化するグラフィックファシリテーションという手法もある(参考)。
このグラフィックファシリテーションを生業とするグラフィックファシリテータという専門家もいるらしい。
グラフィックファシリテータは会議を傍観しながら自分が感じたことを文字やイラストにして、壁に貼られた大きな紙に延々と描き続けていくらしい。
参加者はときどきその絵を見て、これまでの流れや今の状況を雰囲気を感じ取ったり、イラストを見てなごんだりしているらしい(いわゆるアイスブレイカーのようなものだろうか)。
また、会議終了直後にその絵を参加者全員で振り返って、グラフィックファシリテータがなぜそのような絵を描いたかを説明していくそうだ。

単なる文字の羅列より、ところどころにイラストがあった方がわかりやすい(ような気がする)し、巧みな色使いで会議の盛り上がり(発言者の熱意)が感じられたりする、というのはよくわかる。
また、会議の参加者の多くは、議事録はあまり読む気にならないが、グラフィックファシリテータの描いた絵は見て面白いし、記憶に残りやすい、という感想を持つらしい。
これはその通りなのかも知れないが、本当に議事録より絵の方が役に立つのだろうか。
文字ばかりの本より漫画の方が一般に読みやすいし、(マルチモーダルだから)記憶に残りやすいのは確かなのだと思うけれど、言葉として表現されたものを単純な絵にすることによって失われてしまう内容はかなりあると思う。

実際、該当する会議の参加者でない僕が、グラフィックファシリテータの描いた絵を見てもどうもピンとこない。
つまり、議論の深い内容がまったく伝わってこない。
その要因は、グラフィックファシリテータが必ずしも議論の専門的内容に精通していないため本質的な意味的内容を可視化できないことや、会議の参加者以外にはその会議の臨場感などの文脈が絵だけではあまり伝わらないため、描かれた絵と会議の文脈をうまく結び付けることができないためであろう。

いずれにしても、グラフィックファシリテーションは、議論を再利用するためのコンテンツ化というよりも、会議の運営そのものに効力を発揮する、ある意味、その場限りのツールなのだと思う(無論、会議の参加者にとってはそのときの記憶の想起を促すものにはなっていると思うが、長い時間の後に詳しい内容を思い出すことはおそらくできないだろう)。

僕たちのツールに欠けていたのは、まさに、この「会議の運営に直接的に効力を発揮する」機能である。
実は、そのような機能がまったく存在しなかったわけではなく、たとえば、参加者が直前の発言に同意しているかいないかをリアルタイムに表示する仕組みや、ある意見に賛成か反対かをその場で投票してすぐに結果を表示する機能などが実装されていた。
問題は、それらがほとんど使われておらず、通常の会議の運営にあまり貢献していないことである。

そのような機能が有効に活かされていない理由は、僕たちの会議にファシリテータがいないため、議論を鳥瞰し、それらの機能を使うべきタイミングを見極めて、使用を促すような人がいないためだろう。
ゼミでの発表者がファシリテータにもなれるとよいのだけど、説明と質問への回答で一杯一杯で議論の調整にまで注意を働かせる余裕がないのだろう。
あるいは議事録を作成している書記がそうなれるとよいのだけど、これも発言内容を要約したテキストのタイピングで一杯一杯のようである。
では、責任者である僕がやればよいのかも知れないが、議論の内容に集中しているので、やはりメタ的な調整は困難である。
それに、機能を使うべきか否かは学生たちに自分で判断して欲しいので、内容以外のことについてはできるだけ黙っていることにしている。

そもそも、ファシリテータなどいなくても参加者の自発的な努力でよい議論ができるようになるべきだろう。
意欲はあるけれどスキルが足りない人のためにテクノロジーが機能するべきである。

つまり、僕らが作るべきものは、誰にでもファシリテーションができるようになるための支援技術なのである。

それで、最近、僕のいる研究室の学生たちが作っていたものは、議論の構造の可視化(ある発言がその前のどの発言と関係しているかをグラフ化したもの)および自動的に作成されたそのグラフを発言者がリアルタイムに修正できる仕組みと、会議中に過去の議論の内容を振り返るための検索およびその発言のビデオ再生を行う仕組みである。

この議論の構造化は僕たちのオリジナルの技術である。
これはもともと、議論コンテンツを効率よく閲覧するために、議論のまとまり具合や要点を機械的に調べることを目的に考案・開発されたものである。
そのため、基本的には、コンテンツが作成・共有された後に初めて利用されるものであった。
しかし、もしこの構造化や可視化が会議中にも効果があるとしたら、ファシリテーションに使えるかも知れない。

会議中に以前の議論を振り返るための新しい仕組みは、会議の運営に直接的に貢献すると期待される。
これは、過去の議論を発表スライド、書記によって記録された各発言(発言者名と複数のキーワード)、ビデオ(および発言テキスト)を見て振り返るものであるが、特徴的なのは参加者全員で協調的に検索や選択を行うことである。

これは、一人の記憶だけを頼りにして、短い時間内に参照すべき内容を見つけ出すことが困難な場合に有効である。
ビデオを見れば誰が何を言ったのか明らかになるので、結論や背景が曖昧になってしまった状況を打開することができる。
しかし、過去の内容の確認ばかりに時間を使ってしまったら、とても創造的な会議はできないので、振り返りに使える時間はかなり限られている。

そこで、僕たちの考えた一つのやり方は、メインスクリーンに過去の発表のスライドサムネイルを複数表示して、参加者がポインタで指して適切なものを選び、そのスライドに関して行われた議論の構造を可視化して表示し、さらに、議論中の発言をビデオで視聴する、というやり方である。

僕たちのミーティングでは、メインのプロジェクタスクリーンとサブの大型ディスプレイを用いており、振り返りのフェーズでは、メインスクリーンに以下の図のような、ポインタで指しながらスライドや発言内容を思い出していくためのインタフェースが表示される。

dr_main.png

また、サブディスプレイの一部には以下の図のような、メインスクリーンで選択した発言を再現するビデオと書記が入力したテキスト情報が表示される。

dr_sub.png

この仕組みによって、過去のスライドや発言をざっと見聞きすることで、これまでの話の流れを思い出して、過去を踏まえた、よい議論をしようということである。
過去の発言が現在の議論の直接的なきっかけになっていることが確認できたら、複数の議論が自動的にリンクされるため、後で、結論に至ったプロセスを詳細に調べたいときに有効であろう。
しかし、これだけではまだ足りない。
過去を確認できる仕組みは、参加者の議論スキルを直接的に向上させることには貢献しないからである。

よって僕たちの会議革命はさらに続くのである。

投稿者 nagao : 2009年03月22日 22:36

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